キッチンBOOKS

人の思いや記憶がにじむ
1日の余韻のなかで読む「食の記憶」にまつわる本

Vol.1 食の記憶をつなぐ

茅乃舎では、これから「食の記憶」にまつわる本を少しずつ紹介していこうと思います。台所や料理にかかわる——とりわけ、人の思いや記憶がにじむような作品を、ジャンルを問わず選んでいきます。1日の余韻のなかで読む一冊としてぜひ、どうぞ。


『僕が食べてきた思い出、忘れられない味 私的名店案内22』

麻生要一郎著(オレンジページ)

素敵な名店の味を旅しながら、この本の読後に残るのは、麻生さんが体験してきた時間のゆたかさ、そして人と繋いできた関係性の色濃さです。それはタイトルの『僕が食べてきた思い出、忘れられない味』にも込められているのでしょう。

紹介されている22軒のお店は、毎日通いたいお店からここぞというときの名店まで様々です。麻生さんが生まれ育った街・水戸と、思い出のある老舗、そしてずっと食べ続けたい味の3つで構成されています。祖父母の頃から三代通っているという「伊勢屋」のきんぴら団子、父親とのちょっと気まずい時間がよみがえる鰻屋。商店街の空気は、小学生の麻生さんが寄り道をしながら通りを歩く姿が目に浮かぶようです。そしてその記憶は、東京の名店へ。大正生まれの祖父に連れて行ってもらった銀座の「煉瓦亭」で、祖父を思い出すとき。まだ「うどん豊前房」でもし自分に何かあっても、家人がここのうどんを食べていれば安心だと思うとき。麻生さんにとって名店の味とは、おいしさのみならず、自分と大切な人を確かにつないでくれる灯台のような存在なのだと感じさせられます。その店に行き、その味を食べれば、記憶がよみがえる場所。誰にでもそれはあるのかもしれず、読んでいると懐かしく、励まされるように思います。

そして何より、紹介されている料理が文章も写真も、本当においしそう。疲労困憊した仕事のあとに、遠吠えしそうになりながら平らげる塊肉のステーキ、ああ、もう今すぐ心から食べてみたい。この本を片手に携え、お店に駆け込み「ニクガタベタイ!」と叫んでみたい。名店案内として役に立つのはもちろんのこと、日々「山あり谷あり」で生きている私たちへのエールとなる一冊です。

『世界の食卓から社会が見える』

岡根谷実里著(大和書房)

『「料理をすること、食べることを通して世界がくっきり見えてくる」。』

岡根谷実里さんは、台所探検家。このなんともワクワクする肩書を携え、世界を飛び回り、現地の方と一緒に料理しながら、その背後にある社会や歴史について考えていきます。

その探検の在り方は自由で、エキサイティング。ブルガリアでは、現地の家族といっしょに「タラトゥール」と呼ばれる爽やかなヨーグルトスープをいただくところから始まり、ヨーグルトの消費量の歴史を調べていくと、ある時期を境に消費量がぐっと下がっていることが分かります。それは1991年。これは世界を大きく変える出来事が起こった年でした。

このように、食卓でおいしそうなものに心を奪われていたはずが、気づけば歴史について考えている。このダイナミックさが、何よりこの本の魅力です。練り粥からパンへと変わるスーダンの主食から、小麦輸入の話へ。海のないボツワナの村で出会った丸揚げの魚から、未来を救う養殖魚の話へ。子どもに自由にパンケーキをつくらせるフィンランドの家庭から、教育へ。どれも5年をかけ実際に岡根谷さんが訪問し、調べたデータに基づくものです。

簡単に答えの出ない世界の政治や宗教、環境などの問題は、私たちの食卓とも否応なしにつながっています。それでもやはり、各国の料理を見ると「おいしそうだな」という気持ちが先に来てしまうのは食いしん坊ゆえの性なのかもしれません。それでもその気持ちをエンジンにして、一冊から世界について考えてゆくことは、きっと意味があることだと思います。

『台所のおと 新装版』

幸田文著(講談社文庫)

もし自分が台所で料理する音に、「自分の心もちが出る」と言われたら、少しドキッとしてしまうでしょう。そんな表題作『台所のおと』は、1962年(昭和37年)『新潮』に掲載されました。著者の幸田文さんは、1904年に東京向島で生まれた、文豪幸田露伴の次女です。この短編集は、昭和中期に暮す人々の心情がまろやかな言葉でつづられた作品です。

表題作の『台所のおと』に登場するのは、終戦後に料理屋を営む夫婦。料理人であった夫の佐吉は、伏せてしまった病床で、台所から聞こえる妻が料理をする音を聞いて憂いを晴らしていました。野菜を水切りする音、包丁でヒラメを叩く音…佐吉は妻の音を、まるで「面取りしたような柔らかい音」だと感じています。そんなある日、佐吉はその音がどこかおかしいと気がつくのです。

この短編集には老いや病が、夫婦や家族の関係を変えていくものとして登場します。そのような状況だからこそ、ピンと張りつめたような感情が露わになる。たとえば『食欲』では、病から癒えつつある夫が見せる旺盛な食欲が見せる、生きることへのしがみつくような必死さと、看病する側の冷ややかな視点の対峙が鮮やかです。

作中の時代背景や家庭環境はもちろん現代と違いますが、老いや病を内包して生きていくことは、今と相通ずるものがあります。病床につかなければ、佐吉は妻の「音」に耳を澄ませることはなかったかもしれません。日々暮らすことには、たくさんの音や光や影が含まれています。筆者はそれをあたたかくも鋭い洞察眼で、描き出してくれるのです。


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